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| ′85.06 | | ジャパン・プロレスに入門 |
| ′86.02 | | 笹崎伸司戦にてプロデビュー |
| ′87.06 | | ジャパンプロが分裂、新日本へ移籍 |
| ′89.01 | | 海外遠征に出発90年3月に凱旋帰国を 果たす |
| ′90.11 | | 馳浩と組み、蝶野正洋&武藤敬司を 破って、IWGPタッグ王座を初獲得 |
| ′92.12 | | パワー・ウォリアーに変身ホーク・ウォリアーと組んでIWGPタッグ王座に君臨この試合から先、40連勝という大記録を樹立 |
| ′97.08 | | G1 CLIMAXにて初優勝 |
| ′97.08 | | 橋本真也を破って、IWGPヘビー級王座を 初獲得、史上初の三冠制覇 |
| ′00.08 | | G1で2度目の優勝を果たし、G1と IWGP二冠同時制覇を達成 |
| ′02.11 | | 鈴木みのる戦を巡る交渉の過程で会社へ不信感を募らせ、新日本プロレスを退団 |
| ′03.02 | | WJプロレスに移籍するも12月に退団し、 フリー宣言自宅に健介オフィスを設立する |
| ′04.10 | | 藤田和之を破り、通算5度目となる IWGPヘビー級王座を獲得する |
| ′05.04 | | チャンピオンカーニバルを初優勝 |
| ′05.12 | | 健介オフィスの株式会社化を発表 |
| ′06.06 | | 中嶋勝彦とアジアタッグ王座を獲得 |
| ′06.07 | | 試合中に眼底骨折の重傷を負うが そのまま、全日本プロレス大田区大会と 7月9日の試合に出場、後に入院 |
| ′06.07 | | 高山善廣の復帰戦に、病院から外出許可を得て出場試合後に初めて、眼底骨折のまま出場していた事実を明かし、戦線を離脱 |
| ′06.07 | | 2時間に及ぶ手術を行い、無事成功 |
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