中学時代は体操部、高校時代はアマレスで国体フリースタイル87キロ級優勝。高校卒業後、プロレス入り。84年3月、越中と共にメキシコ遠征。8月には2代目タイガーマスクとしてデビュー、小林邦昭を破りNWAインタージュニア王座を獲得した。
89年〜90年1月復帰まで左膝手術の為に長期欠場。天龍の全日離脱後の同年5月、試合中にマスクを脱ぎ、以降三沢光晴として活躍する。00年に理想のプロレスを究明するため、「プロレスリング・ノア」を設立した。同年8月5日にディファ有明にて旗揚げ戦を開催する。
01年3月からのトーナメントを勝ち抜き、4月にはGHCヘビー級初代王者となる。02年5月、新日の蝶野戦、03年3月、小橋戦等粘り強さを発揮し、改めてその存在を知らしめた。05年7月の東京ドーム大会では、川田と5年ぶりの一騎打ちを行い、見事勝利を飾った。 |