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所属団体
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フリー |
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本名 |
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同じ |
| 身長 |
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183cm |
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体重 |
: |
135kg |
| 生年月日 |
: |
1965年7月3日 |
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血液型 |
: |
AB型 |
| 出身地 |
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岐阜県 土岐市 |
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スポーツ歴 |
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柔道 |
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| 得意技 |
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垂直落下式DDT、三角絞め、DDT各種、爆殺シューター |
| 通り名由来 |
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相手が壊れそうなほど重いキック、荒々しい投げ技など数々の厳しい攻撃から「破壊王」と呼ばれる。 |
デビュー戦 |
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1984年9月1日
東京・練馬区南部球場特設リング 対 後藤達俊 |
| 主なタイトル |
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IWGPヘビー級王座
三冠ヘビー級王座
G1クライマックス優勝(98年)
NWA世界ヘビー級王座
IWGPヘビー級タッグ王座
SGタッグリーグ戦優勝(92年 96年)
NWAインターコンチネンタルタッグ王座 |
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学生時代は柔道部に所属。84年に新日本プロレスへ入門。
87年10月より海外へ遠征し、89年7月に帰国。93年にIWGPヘビー級王座初戴冠を果たす。94年、96年とベルトを奪取し、新日本の力の象徴として君臨。
98年には念願だったG1初優勝を達成する。99年1月の小川直也戦後、リングを離れたが6月に復帰。00年小川との最終決戦で引退を賭けて試合に臨み、激闘の末敗退。公約どおり新日本に辞表を提出したが、ファンの復帰嘆願運動で闘志に再点火。引退を撤回した。
復帰後独立を宣言し、ZERO-ONEを設立。01年の旗揚げ戦では、三沢&秋山と対決し新時代の幕を開ける。その後、ライバルでもある小川とコンビを組み、新日本参戦や全日本の三冠ベルト奪取するなど、マット界を大いに盛り上げた。
04年フリーになり右肩の治療に専念していたが、05年7月11日脳幹出血のため40歳の若さでこの世を去った。多くのファンが破壊王の早すぎる死を悼んだ。 |
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