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所属団体
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フリー |
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本名 |
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同じ |
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183cm |
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体重 |
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105kg |
| 生年月日 |
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1963年12月8日 |
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血液型 |
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O型 |
| 出身地 |
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栃木県 下都賀郡 |
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スポーツ歴 |
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アマレス |
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| 得意技 |
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パワーボム、ストレッチプラム、ステップキック、ジャンピングハイキック |
| 通り名由来 |
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怒ったときの攻撃は限界ギリギリな危険で恐ろしいものが多いことから「デンジャラスK」と呼ばれている。 |
デビュー戦
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1982年10月4日
千葉・大原町消防署前グラウンド 対 冬木弘道 |
| 主なタイトル |
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三冠ヘビー級王座
チャンピオンカーニバル優勝(94年 97年)
世界タッグ王座
アジアタッグ王座
世界最強タッグ優勝(92年 96年 97年) |
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高校時代はアマレス部で、1年先輩に三沢がいた。81年の国体フリースタイル75キロ級で優勝。82年3月全日本プロレスに入門。87年8月に天龍同盟の一員として活躍した。90年5月に三沢らと超世代軍を結成。士道館の添野館長から空手の蹴りを習い、キックに磨きをかけた。
93年4月に超世代軍を離脱し、聖鬼軍を結成。田上とのコンビで世界タッグ王座に通算6度君臨。94年10月の初戴冠を皮切りに三冠ヘビー級王座を5度獲得。99年1月試合中に右腕尺骨を骨折し休場。同年5月に復帰するが8月に骨折による眼球運動障害でまた戦線離脱。01年4月古傷の右肘手術後、6月に復帰するが、02年チャンピオンカーニバルで左膝靭帯、半月板を損傷。
持ち前の苛烈なファイトスタイル故に大きな怪我が絶えなかった。
長期欠場後の03年9月、三冠王者決定トーナメントを勝ち抜き王者に返り咲く。05年フリーになり活躍の場を広げる。同年7月ノアの東京ドーム大会では、5年ぶりに三沢と対戦した。 |
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