TOP > HISTORY OF UFC > PART2:発展期

UFCとは?


PART 2:発展期

PRIDE買収で、名実共に世界随一の総合格闘技イベントへ

オクタゴンと呼ばれる金網に囲まれた8角形のマットで行なわれる、
強い者だけが生き残る“究極の闘い”。
世界で最も過酷で、最もエキサイティングな総合格闘技イベントこそが
UFC=アルティメット・ファイティング・チャンピオンシップだ。
UFCの登場によって日本にも飛び火した総合格闘技ブームは、1997年に日本で
誕生した格闘技イベントPRIDEで、一気に盛り上がることになる。
地上波のゴールデンタイムで放送されるなど、その名称はお茶の間にも広がり、
2000年代には人気のピークを迎える。また、日米2つのリングを股にかけて
活躍する選手も現れる程であった。

そのような状況下で、PRIDEは2003年に93キロ以下のファイター達
による最強決定トーナメント「PRIDE GRANDPRIX 2003」を開催。
同トーナメントには、UFCを代表してチャック・リデルが参戦し、
大きな話題を呼んだ。準決勝でクイントン“ランペイジ”ジャクソン
相手に壮絶な打撃戦で散るも、世界中の格闘技ファンはその攻防の
行方に一喜一憂した。ちなみに、グランプリの覇者となったのは、
後にUFCへ主戦場を移すヴァンダレイ・シウバ。1997年に日本で開催された
「UFC Japan: Ultimate Japan」で総合格闘家としてデビューし、
後に“グレイシーハンター”の異名で日本格闘技界の寵児となった
桜庭和志を3度打ち破るなど、同イベントの転換期を告げる存在となった。


一方のUFCは、2001年にイタリア系の会社「ズッファ社」へと運営母体が変わり、
世界各国でPPV放送されるようになるなど、ビジネス規模がさらに拡大。
また、新人選手を発掘して育成するというテーマのテレビ番組がアメリカ国内で
高視聴率を獲得する傍ら、各階級の王者であるランディ・クートゥアティト・オーティズ
マット・ヒューズらが、その名に偽り無しの闘いを体現。
さらには、宇野薫高阪剛といった人気、実力を兼ね備えたファイター達が次々と
オクタゴンに足を踏み入れ、日本のファンからも常に注目を集める舞台となった。
しかし、長く続くと思われていた“2大ブランド時代”に、突如終焉の時が訪れる。
2007年3月27日、UFCはPRIDEの買収を発表。
こうして、世界中の猛者達の目はUFCへと向けられる事となった。

PRAT2へつづく>>

 

* 画像は開発中のものになります。

TOP